平成23年(行ケ)第10237号審決取消請求事件

知財高裁の判決を見ていたら、恩師のお名前を発見。
今回は、恩師側が勝訴された模様。おめでとうございます。
せっかくなので、進歩性を否定する特許庁の判断がどのように覆されたかの議論だけでも、残しておきたい。


判決文のURL:
http://tokkyo.hanrei.jp/precedent/View.do?type=pt&id=9535


※以下、判決文の引用※

平成24年3月5日判決言渡
平成23年(行ケ)第10237号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成24年2月20日

原告 株式会社島津製作所
訴訟代理人弁理士 喜多俊文
         江口裕之

被告 特許庁長官
指定代理人    常盤務
         川本眞裕
         黒瀬雅一
         田村正明

主文
特許庁が不服2009−25250号事件について平成23年6月15日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。

(中略)

(4) 被告は,本願発明と引用発明とは静圧バランスの適正化という共通の技術的課題を有しており,刊行物1には,歯車ポンプのシール構造において,圧力バランスを保ってシール作用を良好に行うという動機付けが記載ないし示唆されていると主張する。確かに,本願発明の歯車ポンプも引用発明の歯車ポンプも,歯車端面とケーシングの間に設けられた可動側板(可動形側板)が,高圧側から流れ込む作動液の作用を利用して両部材の間でバランスし(圧力バランス) 歯車端面から生ずる作動液の漏出を封止(シール)するという構成ないし動作を有するものであるが,かかる共通点は高圧の流体を扱うこの種の歯車ポンプに広く見られるものにすぎない。そうすると,かかる共通点があるからといって,シール作用をさらに高めるべく,ガスケットと可動側板との間の隙間10が上記の曲面状の部位(Rをとっている部位)にまで及ぶように改めるという具体的な構成に容易に想到できるものではない。
また,被告は,隙間10を設ける範囲を良好な圧力バランスとなるように必要かつ適切な範囲とすることは,当業者の設計変更の範囲内の事項にすぎないと主張する。しかしながら,かように抽象的な技術的課題から当業者がガスケット又は可動側板(可動形側板)の凹欠ないし凹部の具体的な形状の構成に直ちに想到できるものではない。また,本願発明のガスケットに相当する乙第3号証のリップシール(24)は,本願発明の可動側板に相当するサイドプレート(12)ではなく,反対側のカバー(14)に装着され,リップシールとサイドプレートの間に設けられたバックアップ(17)を介してサイドプレートを押し付けるもので,本願発明のガスケット及び可動側板と構成が相当異なるから,乙第3号証に記載された技術的事項を根拠に,本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない。乙第4号証の図2,4からも,ガスケットに設けられた凹部の範囲及び形状は必ずしも明確でなく,その余の明細書中の記載でもガスケットに設けられた凹部の技術的意義が明らかでないから,上記図等に記載された技術的事項を根拠に,本願発明のガスケット等の構成が当業者が容易に行い得る設計変更(設計的事項)の範疇に属するということはできない。
また,被告は,突条部17が作動液の圧力を受けて可動形側板の溝5のRをとっている部位に押し付けられるときには,歯車の端面の方向に可動側板を一定の力で押し付けるから,突条部17が溝の底面5a(平坦面)に密着することが不可欠なわけではないとか,作動液の種類,温度,圧力,ガスケットの材質,形状,溝形状などによっては,ガスケットの隙間10が僅かでもRをとっている部位にまで達することがあり得るなどと主張する。確かに,刊行物1の第4図にあるとおり,高圧側から侵入する作動液(高圧流体)の液圧でガスケットが可動側板の溝の低圧側にずれ動くときは,突条部17の少なくとも一部が上記曲面状の部位に乗り上げることになるから,突条部17が可動側板の溝底(5a)に対して押し付けられて潰れた部分の面積が小さくなることもあるし,ガスケットがさらに強く低圧側に押し付けられて突条部17の幅(横断面で見た場合の幅)がさらに小さく変形し,場合によっては突条部17と可動形側板の溝底との間に隙間が生じることも考えられないわけではない。しかしながら,これらのような事態は,引用発明で予定される,突条部17がその弾性力で可動形側板を歯車端面の方へ押し付ける機能を減殺するものであって,かかる事態を想定して本願発明の容易想到性を検討する必要はなく,突条部17が溝5の底面5a(平坦面)に密着することが必要でないとはいえないし,ガスケット6の隙間10が溝底5aの曲面状を成す部位に僅かでも達していればよいなどとはいえない。
(5) 結局,本件出願当時,引用発明に基づいて,相違点2に係る構成,すなわちガスケットと可動側板の溝が成す隙間が,上記溝の低圧側側面と底面とが成す曲面状の隅部(Rをとっている部位)にまで及ぶように構成して,上記隅部にまで作動液が侵入して可動側板が圧力バランスをとれるようにする構成に想到することは,当業者にとって容易ではなかったというべきであるし,本願発明にいう「凹欠」も,かかる形状を前提とするものであるから,相違点1は実質的なもので,相違点1に係る構成に想到することも当業者にとって容易ではなかったというべきである。当事者双方が取消事由2について種々述べるその余の点について判断するまでもなく,相違点1の構成を容易想到とした審決の判断は誤りであり,原告の取消事由2は理由がある。
第6 結論
以上によれば,本願発明は刊行物1に記載の発明に基づき容易想到とした審決の判断は誤りであるから,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 塩月秀平
   裁判官 古谷健二郎
   裁判官 田邉実